2017年12月31日日曜日

マイルス・デイビス自叙伝風に振り返る青江好祐の2018年


みなさま、今年もお世話になりました。
ただいま新幹線が実家の岡山に着く直前、姫路を過ぎたあたりでございます。
なんとか今年も年内にかけました。
マイルス・デイビス自叙伝風の1年振り返りブログです。
思えば結構続けていて

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だんだん10年目が近づいてきてるんですねえ。
全部マイルス風ではないですけど、自叙伝好きとしては一年の締めくくり行事です。
今年の自叙伝は内容少し軽め、そして、やはりユースムースの事が中心になりました。

文中は全て敬称略です。こちらに少しマイルス自叙伝の引用があったので
雰囲気を感じていただけたら幸いです。


2017年も残りわずか。
みなさま、来年もよろしくお願いします。良いお年を!

ではどうぞ





まあ、聞いてくれ

2017年の年明けは、まだユースムースアヴェニューのレコーディングの真っ只中という感じだった。
2月に新しいCDを引っさげてワンマンライブをすることが決まっていたので、その最後の仕上げという感じさ。
1月中に全ての録音は終わっていたので、仕上げをコンドーに任せて
オレはその他の作業に取り掛かった。そうだ、ミュージックビデオを自分で作ることに決めていたんだ。
ROCKSHOW」のMVは、レコーディング風景を撮った素材がたんまりあったので
それほど編集には困らなかった。
そこでオレはもう一曲、「Lets Fishing」のMV編集に取り掛かることにしたのさ。

もともと「泳げたいやきくん」にインスピレーションを得て書いた曲だ。
みんなのうた風に、手書きのイラストを使った簡単なアニメーションにしたんだが
これがとてつもない労力が必要だった。
アニメーションはパソコンにとても負担がかかるんだ。
クソっ!5秒のエフェクト処理に40分くらいの待ち時間がかかっちまうんだ。
このオレでも、だ。
幸いあの頃はたっぷり時間があったからな。なんとか無事に完成したってわけだ。

2月のレコ発ライブは大盛況だった。
新旧織り交ぜたセットリストになったし、サポートのモリやヨシミもすっかりメンバーの一員という感じだった。
途中、コンドーと二人でアコースティックのコーナーを設けて
「ニコ下」という懐かしい曲をやった。
楽屋でふと思いついて、リハーサルなしで近藤と演奏してみたんだ。
2001年か2002年にコンドーとユースムースでやっていた曲で、気づくとあれから15年以上経ってたってわけさ。
客の反応も上々で、打ち上げも大いに盛り上がった。
まあ、コンドーは終電前には帰宅していて、モリが
「アオエ、これはワンマンライブの打ち上げだぜ?こんなことってあるのかい?」
と驚いていたが、まあコンドーは昔からそうさ。まったく、笑ったぜ。

とにかく、オレとコンドーにとっては2009年の解散ライブ以来のワンマンだったんだ。
この後もバンドが続いていくというのが、なんだかとても不思議だったぜ。



ユースムースアヴェニューとして新しい音源を発表したが
4月には久しぶりにソロの青江好祐としてライブをした。
いつも弾き語りで出演している「ひまわり広場で手をつなごう」の3周年を祝うライブだった。
会場はひまわりではなく、渋谷クレストというライブハウスだったので
オレは色々な友達に声をかけて、久しぶりに大所帯のバンドで行くことにした。

まずオレはドラムのクミチョーのスケジュールを押さえて
女たちのメンバーにも久々に声をかけた。
コーラスのケイティ、ピアノのアスカ、キーボードのロゼ
そして今はユースムースでもベースを弾いているヨシミだ。

ギターはレッドスネイルのマロンと、もう一人はコンドーにした。
コーラスがもう一人必要だったので、ヒヨセに頼むことにした。
現場で急遽、ひまわり広場のPAをやっているヤヒロックにも声をかけ、9人編成になった。

全員、ひまわり広場の店長のカワミチの友達だ。
ひまわり広場に出演しているミュージシャンも100人は見に来ていて、ライブはすごい盛り上がりだった。
思わずカワミチも自分の出番で上半身裸になったくらいだ。ヤツも嬉しかったんだろうよ。

後日、ヒヨセのレコーディングにロゼが参加したという話を聞いて、オレはとても嬉しかった。
女たちをオレは脱退したが、あのメンバー同士の繋がりや絆はまだ息づいているんだ。そうだろう?




5月から夏にかけてはとても忙しかった。
毎年手伝っている撮影の仕事と合わせて、吉祥寺音楽祭の司会があるからだ。
しかも去年から、吉音コンテストの司会もするようになっていたからな。
2004年に上京して以来、すっとこの町に住んでいるんだ。
オレに何かできることがあれば喜んでやるだけさ。

ユースムースアヴェニューとしても、おそらく10年ぶりくらいに吉祥寺駅北口のステージに立った。
ステージから見える街の景色は少し変わった気がしたが
まだオレたちのことを憶えていてくれる人たちがいることは、大いに励みになった。

音楽祭が終わって、フジタユウスケの現場に参加した。
春にオレが作詞を手伝った「アヴァンチュール」のベースを弾いたんだ。
ヤツとは長い付き合いだが、楽器を持ってレコーディングに加わったのはこれが初めてだ。
他の参加メンバーはそうそうたる顔ぶれだったからな。さすがのオレも少しナーバスになっていた。
無事に録り終えた時はホッとしたぜ。


8月はツアーに出た。京都、高松、大阪を回る短いツアーだったが色々と実りのある旅になった。
はいからさんのチカダと一緒に回ったが、ヤツもユースムースとは10年以上の付き合いなので
そりゃあ楽しいツアーだった。
チカダはいつだって友好的なムードを出しているヤツだからな。
初日は京都でヤマダアキヨシのイベントだったが、チカダがギター1本で会場の空気を熱くさせるのを見て
オレは感動し、このツアーが良いものになると確信した。

会場によってはバンドで大きい音を出すことが難しかったので
オレはチカダにアコースティックギターを借り、モリはカホンというパーカッションを演奏することにした。
だが、コンドーはエレキだったので、ヤツだけはずっと大音量のままだった。
オレは特に問題なかったが、モリのカホンは直に手で叩くから、エレキの音量に対抗するには相当な負担がかかるんだ。
ある時、モリが
「アオエ、このままじゃオレのウデがバラバラになっちまうぜ」
と言ったんだ。まったく、笑ったぜ。
モリの腕はバラバラになることはなく、最後までキッチリ叩ききっていたがな、ドラム以外もできる素晴らしいプレイヤーだ。


高松はもともと1日しかライブを予定していなかったが、前日の夜にも
急遽演奏することになった。
カタヤマ、ヤマギ、キズヒコの3人のツアーのオープニングアクトさ。
この3人はそれぞれ別々のバンドのボーカルだが、ユースムースでも昔何度か対バンしていた。
バンドを解散した時は、もうヤツらと共演することはないと思っていたからな。嬉しかったぜ。
無事ライブを終え、俺たちは美味い酒にありついたってわけだ。

各地で待っていてくれる人がいるのは本当にありがたいんだ。
大阪でも、古い仲間が訪ねて来てくれたり、とてもいい夜になった。
オレとコンドーがバンドを結成した2000年から17年。歳をとるのも悪くはないと思ったぜ。



ツアーから帰り、フジタユウスケのミュージックビデオの製作をした。

あれはたしか、社長のタカタクからのオファーだったが
「昔のレーザーカラオケみたいなチープなイメージで作れないか」
と言われた。
チープな感じはオレの得意とするところだったから、二つ返事でオッケーをした。
まあ、ビデオに登場する女装したオレはゴージャスだったがな。

ビデオに登場する、オレが演じたフジタユウスケの熱烈なファンのツイッターアカウントも作り
現実と虚構の入り混じった取り組みになった。
ほとんどがタカタクのアイデアだったが、ユウスケのファンたちも喜んでくれたみたいだったぜ。


夏から秋にかけて、ユースムースはアコースティック編成でライブをする事が増えた。
試行錯誤した結果、オレだけではなくコンドーもアコースティックギターを引く事になった。
この方が、全体のサウンドが優しくなり
よりコーラスが客にもオレたちにも聴こえやすくなるってわけだ。
色々とアレンジにも凝り始め、「ROCKSHOW」なんかはすでにレコーディング当時とは大きく演奏が変わっていった。
ムードもとてもリラックスしていて、この感覚をエレクトリックなバンドにも生かす事ができれば、
もっとバンドは良くなるとオレは思っている。


10月には、自分の誕生日ライブを企画した。
場所は高田馬場ディグライトで、そこで出会ったイクミと共演したんだ。
イクミはオレと生年月日がまったく同じで、面白いのでそれぞれ男装、女装でやろうということになった。
ライブは大いに盛り上がったが、オレは開場から打ち上げまでドレスを着続けたせいで風邪を引いちまったぜ。クソっ!


そうこうしている間にも、オレはコンドーとユースムースの次のレコーディング用の曲作りを進めていた。
最近はお互いの曲に色々と手を入れる作業も増えている。そうだ、共作だ。
昔のオレたちも曲作りに関して互いに相談することはあったが、結局最後は自分で仕上げてしまう形がほとんどだった。

「はじまるミステリーツアー」のように、今回もコンドーがメインで書いてきた曲もある。
曲調はジョージ・ハリスンで、歌詞のテーマが甘いもの、つまりスイーツだ。
ヤツは酒や女よりも甘い物に目がないことは知っていたが
「ヘイ、コンドー、このままじゃあメロディーが糖尿になっちまうぜ」
とオレはヤツに伝え、歌詞やメロディに苦味や渋味を足してやった。

オレがある日「ジャノメ」という書きかけの曲をコンドーに聴かせた時だ。
「この曲はスティングやポリスみたいなイメージなんだ」
とオレが伝えたところ、ヤツは複雑なドラムの打ち込みを作り、さらには「ロクサーヌ」みたいな
コードを足してサビの最後のフックを見事に作りやがった。
あとは二人でリフレインと対位法になる部分のメロディを一緒に考え、なかなかに強力な曲になったのさ。


まだ試行錯誤の段階だが、互いに補い合う作業は価値があることだ。
もちろんオレやコンドー一人でも良い曲を書くことはできるが、
それではバンドとして進歩していく事ができない。そうだろう?



ユースムースのライブ納めは12月の吉祥寺プラネットKだった。
アコースティック編成だったが、もうかなり慣れたものだった。
オレがウクレレ、そしてコンドーがマンドリンという、新たな楽器も持ち込んだ実験的なライブになった。
新曲の「ジャノメ」も、アコースティックだったが試す事ができて、オレたちは無事にこの2017年を乗り切ったってわけさ。



曲を書くペースは年々落ちてきているかもしれないが、それを補う今までの経験や、仲間たちに恵まれている。
体力も昔の8割くらいのイメージだが、力の抜き方を覚えた。

いつまでできるのかは誰にもわからない。いつまで生きているのかわからないのと一緒だ。
だが、今目の前には十数曲の作りかけの素晴らしい曲がある。
オレの書いた曲もあれば、コンドーと書いた曲もある。
これを完成させるまでは、やめられるわけがない。そうだろう?

とにかく、進んでいくんだ。たまに休んでもな。

じゃあ、またな。




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